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2008.08.29 Fri
ワーカホリック
家族のために働いてはいない。
自分の貴い労働のために、家族も協力すべきという発想のもとに、
家族を犠牲にする。
本当の家族は家庭にではなく会社にいる。
が、会社は利益追求の場のため、
時にあっさり彼らを切り捨てる。
弱点 リストラ 定年後
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2008.08.28 Thu
戻ってきました(いろいろな意味で)
16歳のときに、こっそりタンスから保険証を持ち出して
精神科にかかった。
待合室にいたおばさんが
「眠れないのー?私もなの」とか話しかけてきた。
診察室に入ったら、医師に
「え?君ひとりなの?待合室にいたのお母さんじゃないの?
ここはねー、君みたいな子が来るところじゃないんだよ」
と、軽い入眠剤を1週間ほど処方して返された。
保険証持ち出しはバッチリ母にバレ
「あそこはアル中専門なのよ」と、国立病院の内科に連れて行かれた。
診察室の中まで母親がついてくる状況で何が言えただろう?
私は「家庭の医学」という本で読んだ自律神経失調症の
症状をそのまま丸暗記してあり、医師に伝えた。
思春期の一時的な自律神経失調症、
また何か症状が続いたら来てねと。
あの頃の自分にそれ以上のことはできず、
無駄に親に内緒で学校の近くの内科に学校を抜けて行っていた。
ただ血圧を測られ「いつも低いねー」と、言われるだけだったし
なにも薬も処方されていなかったが。
意味の無い通院の深い意味に、誰かに気づいて欲しかったのかもしれない。
昔のことを思い出したのは、出てきた自宅に大事なものを
取りに行った帰り。
子どもたちが生まれた日に産院でもらった記念品や
生まれた日の新聞。
あれは大切だ。子どもが生まれた日は私が再生した日でもある。
もしかして元自宅を見たら、ああ、やっぱり素敵な家ー、
ここに戻りたいーとか思うだろうかとちらと思ったが
久々に見る我が家は、道に面した窓が小さくて
外部からの侵入をこばむ要塞か、岩窟王が閉じ込められた牢獄か。
中の声が聞こえないで家で父親に怒鳴られていた子どもらと
外に怒鳴り声が筒抜けで、翌日には近所の悪ガキに
(普段は男子同士のいじめからかばっていた幼馴染)
からかわれていた私。
どっちが地獄を味わったんだろうと意味もなく考えてた。
線路の向こうから我が家のあるこちらへの道。
なれない土地で雨もかなり降ってきて、なかなか見当たらず。
なんだか、このまま帰れなくてもいいような気になったら
冗談ではなく遠吠えをしたくなった。
まるで、道ではなく怪物から人間への戻り方を忘れたかのようだった。
子どもがいる我が家へ帰るんだとずぶ濡れになっていたら
さすがに深夜で不審なので、ちょっと警察官に声をかけられた。
すぐ解放されたが、頼りにしたいときにはならないくせに
こういうことだけは小まめなんだなと思ったが
私の人生で、味方だと思った人が敵だったなんて事は
よくあることだった。
今だったらセクハラ教師と訴えられるであろうが
パンツ1枚で行っている身体測定の場に
堂々と男性教諭が入ってきて、私の胸をじろじろ見て
「初潮はまだなのか?」と、言ったり。
あの頃の私に子どもの権利なんてなかった。
成績がいい事でさえ、大人の気分しだいで誉められたり
「女のくせに」と、けなされたり。
親も教師もその他の大人も、子どもにも心があると考えていないのか
まったくもって気まぐれだった。
通りすがりに近所の人に
「女の子なのに無愛想だなー」と、言われたり。
どうすれば大人の気が済むかに混乱し続けた。
その代償に、私は一生、怪物にならず人間であり続ける努力をするんだろうか?
| 毒吐き
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2008.08.26 Tue
悩めるうちは悩め!
私自身、波風無い平凡な人生とは言えない生き方をしてきてる。
各種の相談掲示板などを読んで
「どうしたらいいでしょう?」と、アルコール依存症の家族を、夫との離婚を、GIDの治療を
迷って悩んでいる人を見ると
『迷っていられるうちはそのままでいいんじゃないの?』と、思うときがある。
迷えるだけの時間なり精神的なり経済的なり、
なにかしらの余裕があるから迷えるわけじゃないかなと。
今回、自宅を脱出したことを主治医は
「とても勇気がある決断だったと思います」と言ったけれど
私は単に他に逃げ道がなくなって、無我夢中で動いた結果だと思ってる。
私自身、ダンナが病気に気づいてくれるんじゃないかとか
誰かが治療を受けるように説得してくれるんじゃないかとか
逃げ道は探しまくった。半ば現実逃避。
でも、なーんにも逃げ道が無くなって
もう前に進むしかないやと。
そこに道があるかなんか関係なく、無きゃ自分で作るくらいの勢いで。
犬を連れての脱出は99.9%無理。あきらめて置いて行って
と女性センターの相談員に言われた。
そう言われて簡単にのめるかー!
あきらめられるくらいなら自宅に居座らなかったわー!
と、意地でペット可のアパートを探したし。
無職子連れ犬連れ、訳ありという悪条件で
大家さんに断られた物件も多数あった。
結果、古くて脱衣所も無いようなアパートだけど
犬を捨ててきて広くて新しいアパートに住めた場合には
味わえない満足感を得た。
迷っているうちに、何か他の選択肢や逃げ道が出るかもしれないし
迷えるなら、思う存分迷っていれば?
中途半端に出発して、あとで他の方法もあったんじゃあとか
思わないで済むよと経験者語る。
| 毒吐き
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2008.08.24 Sun
MONSTER
秋葉原の通り魔事件で、犯人がためらい無く人を刺す映像を見て
ああ、あれは私だと思った。
いざ殺そうと思ってもナイフや銃を持つとためらうという気持ちが
私には分からない。
殺意を実行するかどうかはいつでも理性と損得で決めてきた。
自分の父親を殺してどういう得が自分にあるか損があるか、
ダンナに対しても同様。
命の重みが分からない私は、自分自身の命を実験材料にして
人は簡単に死ねないことや、死ぬと悲しむ人がいることを知ったようなもので
闘病期の前半はぐちゃぐちゃだった。
最後に死のうと思ったときに子どもたちがすーすーと寝ていた。
死ぬのではなく最初から無かったものになりたかった私は
子どもの寝顔を見て、もう自分がこの世になかったものになれないことに気づいた。
遺体も残さず気化したかのように消えても
子どもの存在は私がこの世にいた証明。
死なないと決めてからも回復まではぐちゃぐちゃだったし、
辛すぎて大量に薬を飲んだことはあった。
保護室の中でなんとか首を吊れないかと試みたり。
いまだに人の命は尊いかどうか理屈でしか考えられない。
本能部分では分かっていない。
これはもう欠落したままなんだろうかと思うときがある。
なまじ理性があるだけに、いざ実行するとなったら
秋葉原の犯人のように衝動的にではなく
きわめて計画的に証拠を残さないように犯行をするであろう自分。
それを、さらに強い理性で抑える自分。
正直な話、シンドイっちゃシンドイ。
そんな私が子どもらが怪物になりかけている様子を見て
自分と同じようになってもいいと見逃せるか?
一時は、こんな生き方しかできないなら生まれなきゃ良かったと思った苦痛を?
私は子どもがいなかったら、この世にいなかったと思う。
息子が生まれて、叩くことがやめられない自分が嫌いで
真剣に自分について考えた。
どうしてこうなったのか、何が悪かったのか、なんで歪んだのか。
自分が死んで、ダンナが再婚したほうが
まともに子どもが育つんじゃないかとマイナス思考に入ったこともあった。
病気に負けて、子どものことが頭の中から消えた時期もあった。
でも、保護室から出たいと決意したのは
子どもに会いたかったからだった。
そんな存在のために世界中を敵に回すくらいの勢いになってもいいだろう
というかそれだけの恩がある存在だ。
子どもが親の死を願う。
そんな歪んだ関係は私だけで十分だと思う。
| 毒吐き
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2008.08.20 Wed
自己イメージ
物心ついた頃から、星空の下で
あまりにきれいな夜空に押しつぶされそうな思いで
夜中に一人で立っている自分というイメージを持っていた。
今は自分のひざより上まで生えている荒れた草原の中を
振り向かずに全力疾走しているイメージ。
時には大きな石を飛び越えたり。
隣には目をきらきらさせながら、一緒に犬が走っている。
何かから逃げているのでもなく、
前へ前へとひたすら、今まで止まっていた分まで
走っている自己像がGreeeeNのCDを聴いていると
思い浮かぶのは不思議だ。
| 生活
| 02:28
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